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猫背のシゲオタ

重岡くんわたしも千切りにして〜

KAT-TUNと出会ってオタク観変わった

1年前のことが昨日のことのように思い出される。

2015年10月、私は自担である重岡くんのあまりの干されっぷりに辟易としていた。重岡くんの顔は相変わらず好きだし、本人にやる気がないわけじゃないのに、とにかく露出がめちゃめちゃ少なかったのだ。過去の映像をコスコスこすって、バラエティのスベった箇所や歌番組で目線を飛ばしてくるタイミングまで覚えたけれど、もういろいろ限界だった。

そのとき、遠く離れて暮らす姉から久しぶりに連絡が来た。

KAT-TUNの世界一タメになる旅見たことある?

私はそのときまでタメ旅を見たことがなかった。私が住んでいる地域では放送していなかったし、そんな番組名初めて聞いた。当時私のKAT-TUNについての最高の知識は『聖が抜けたらしい。上田くんがキャラチェンジして、髪の毛がスーパーサイヤ人みたいになった』で止まっていた。そもそもあのギリギリで生きていたいKAT-TUNがバラエティなんてできるのか?気に入らない芸人をボロクソに殴りそうだし、ゲストのアイドルをお持ち帰りしそうだ。(偏見がすごい)  

とにかく動画探してでも見ろと姉が毎週連絡してくるので、とりあえず『世界一タメになる旅!in 熱海』を見た。

とんでもねぇバラエティ野郎たちだった。

あの、あのギラギラしていたKAT-TUNダチョウ倶楽部さんに寝起きドッキリされているのだ(ガチの) 意味がわからなかった。あの、あの、KAT-TUNが寝ている部屋にダチョウ倶楽部が入っていき、顔におでんをジュワー!!! バズーカドーーーン!!! そしてブチギレるKAT-TUN…… 死ぬほど笑った。 KAT-TUNって…面白っ!

そこから狂ったようにタメ旅の動画を見て、どんどんKAT-TUNのことが好きになった。9年ぶりにKAT-TUNのアルバムを借りた。TLで話題だったquarterのDVDを買った。友達にもタメ旅のことを教えた。その友達は元赤西担で、熱海回を見たあとに「ここに仁がいたらなあ…」とつぶやいた後、彼女もまた狂ったように赤西仁のことを追い始めたので『タメ旅出の赤西担で間違いない。 特別好きな顔の人がいるわけでも、担降りしたわけでもなかったけど、4人のKAT-TUNがとにかく好きだった。根拠はないけれど、4人ならなんでもできる気がしていた。4人の作る世界は平和で安心できて、心地よかった。 KAT-TUNがデビューしたとき、歌詞の意味もシンメもユニットもよくわからなかった。でも彼らがカッコいいということはわかった。それから9年経って、また魂が震えた。人数が変わっても、時間が経ってもKAT-TUNはいつでも私を魅了する。それがもう尊くて、カッコよくてシビれた。そして9年間KAT-TUNを無視し続けたことを死ぬほど後悔した。

それから1ヶ月経った11月24日、ベストアーティスト。

私はWESTと浜田ばみゅばみゅ、そしてなによりKAT-TUNが出てくるのを楽しみにしていた。WESTは相変わらず冒頭に出てきて、ツイッターはWEST・NEWS・JUMPなど歌が終わったオタクたちのツイートでもうナイアガラの滝のようにTLが流れていた。たぶんもうすぐKAT-TUNだろう。そう思っていたら父が帰ってきた。ここからはあまり覚えていないが、赤コートを着たKAT-TUNが真剣な表情で出てきた。? 『私、田口淳之介は…』??曲が始まって、終わった。次に西内まりやが出てきて、父が何か話しかけてきた。「ご飯食べた?」???  何かの冗談かと思ってツイッターを開くと、田口くんの脱退発表の前と後では完全に世界が変わっていた。あることないこと、たくさんの情報が入ってきた。ヒィヒィ言いながらその言葉たちを一心不乱に目に入れ続けた。1人でじっとするのが耐えられなかった。まもなく、公式の脱退報道が流れてきた。生まれて初めて推しグループからのメンバーの脱退を経験した。 それはもう絶望で、怒りで、悲しみで、混乱で、とてもとても辛いものだった。KAT-TUNのファンの人たちが泣いている。怒っている。テレビを見ると関ジャニ∞今にも泣きそうな顔をして歌っていて私はそのときやっと『これは本当のことなのかもしれない』と気づいた。心臓がドキドキと音を立てて残った3人のことや、田口くんのことを考えた。

前述の赤西担に電話を掛けて、そこで初めてポロポロと涙が出た。まさか自分がアイドルのことで号泣するなんて。こんなにもKAT-TUNのことが好きになっていたなんて。こんな想いしたくなかった。そしてKAT-TUNが無くなってしまうかもしれない、田口くんの馬鹿野郎と2人でワンワン泣いた。

田口くんのことが好きだった。その微笑みはいつも柔らかくて、長い手足で華麗に踊るダンス、ファンを見つめる優しい瞳、大きく手を振る姿、私はKAT-TUNの田口くんが好きだった。KAT-TUNを好きになって1ヶ月でも、他担でも、いくつもいくつも推せるところが発見できて、見ていてとっても楽しかった。まさに人を楽しませるアイドルだった。

田口くんが抜ける、と発表した次の日の朝、ツイッターを見たらそれが夢じゃなくて心の底からガッカリしたことを覚えている。不安や悲しみで全然眠れなくて、朝も早く起きた。ワイドショーはみんな田口くんのことを報道していて、ズッシリ重い気持ちになった。田口担の方のブログを毎日読んで、毎回同じフレーズで涙した。もうパブロフの犬みたいに田口くんのことを考えるだけで涙が出た。いろいろな人たちの気持ちや考えに触れて脱退について前向きになったり、キレたり泣いたり納得したりしていた。

11月29日の田口くんの誕生日、0時になった瞬間、私は再び号泣した。バカバカバカバカ、私が好きになった途端に辞めるな!私は最近KAT-TUNを好きになったんだ!ズルい、もっと見せろ、生で見せろ、悔しい!!!!! そして生まれて初めてコンビニでハガキを買った。このご時世に。そして赤西担と一緒にハガキを一生懸命書いた。9年前、聖担だった友達が聖に好きですとファンレターを書いていた。そのとき私は彼女を横目に『こんなもの届くわけないのに』と思っていたはずだ。それが、まさか21歳にもなって、自分がジャニーズ事務所にハガキを送ることになるとは。あのときの私、白目剥いて驚くだろう。KAT-TUN存続希望】太く、分かりやすく、大きな文字で。『絶対偉い人に届く』と信じて投函した。

こんなにも、人に執着したのは初めてかもしれない。ジャニーズオタクになって5年、KAT-TUNを好きになって1ヶ月しか経ってなかったけど、私はそのとき人生で1番正直だった。私はジャニオタだ! ジャニーズのために泣くし、眠れなくなるし、ハガキだって書く。できる。KAT-TUNが好きだから。私は3人のKAT-TUNを愛せるかどうか、不安だった。でもKAT-TUN無くしてはいけないと思った。自分が好きになったものを信じた。私は"好き"という感情だけでアイドルにここまで動けるのか。それを気づかせてくれたのは脱退だった。

そのとき重岡くんのことをふと考えた。彼が永遠にアイドルをするなんていつ言ったんだろう? 今のジャニーズ事務所だったら、どんな悪いことも起こり得る。KAT-TUNを見て思った。いつだってアイドルを支えるのはそのファンだ。ファンは消費者で、友達で、彼女で、家族で、他人で、理解者だ。 重岡くんを見失ってはいけない。好きなら応援しなくては。好きなら伝えなくては。好きなら見逃さないようにしなくては。

こんなにも自分に素直に、感情のままに動いたのは後にも先にもあのときだけだろう。 KAT-TUN、ありがとう。大変だったけど、KAT-TUNのおかげでアイドルオタクとしての生き方が少しわかった気がする。KAT-TUNは最高だ。1秒でも早い充電完了を望みます。